「櫻の絵を通して
”こころの交流” がしたいと願っています。」
桜の絵を描いている時、心が癒される様な気持ちになります。
自分でも気づかない心の何処かで
櫻に対して色んな想いが込められているのかもしれないと感じています。
------櫻の絵を通して「こころの交流」がしたいと願っています。
皆さんもきっと何らかの形で、桜の思い出あるかと思いますが、
それが悲しい思い出だったり、嬉しい思い出だったり・・・、
節目とも思われる時に咲く櫻は、
全てを包んでくれるような不思議なチカラがある様にも感じます。
人はそれぞれ色んな体験をします。
そして、そのそれぞれは皆、意味のあることと私は思いたいです。
別れと出会いの季節に咲く桜は、花が散る時が終わりなのではなく、
その時すでに、桜は新しい命をスタートさせている様に感じます。
一本の櫻の木が、毎年咲いては散り、又、次の年に見事な花を咲かせる様は、
人の生命にも似ているように感じます。
そういったところから、櫻の絵に宇宙観・生命観を表現したいと思っています。
また、櫻は日本の文化を伝えているようにも感じています。
和紙に描くことによって、一層日本の美と文化が伝わるような気もいたします。
和紙は主に手漉きのものを求め風合いと色合い・染めの感覚を生かし、
櫻の持つ力強さやふんわりした優しさ表現したいと描いています。
作品には、どんなシーンであっても生命観・宇宙観をバック表現したいと思っています。
それには日本古来から伝わる和紙をキャンパスにすることが、
私にとって一番ピッタリくるのです。
普段、主婦として生活をしながら創作活動していますが、
一般的な生活の中にこそ、作品へのヒントがたくさん隠さ
れているように思います。
そして、人々が忙しさに追われ『ストレス社会』とも言われる
時代に生きる者として、出来るのであれば、病院や介護の現場、
公共の場、一般の生活を送る中で「ほっ」と一息つきたい時に、
眺めてもらって人々の心の癒しや勇気を持つ手助けができれば
幸せだと思っています。
------ 毎年恒例となりました個展「櫻花爛漫・嵐山作品展」は
2008年の3月で5回目を迎えます。
会場に訪れる人と櫻の絵を前にして、
初対面にもかかわらず不思議と話が弾んだりすつことが多いです。
時には眼に涙を浮かべたりされる方と出逢うこともあります。
初対面だった方も毎年この季節にお目にかかれるようになり、
今では懐かしい友人・知人と再会するようなそんな場ともなっています。
このような素敵な出逢いと時間を過ごせることに私の心は感謝でいっぱいです。
また2007年7月そして12月にも、アメリカLAでも作品をご覧いただけるチャンスに恵まれ、
作品が私の手元から離れ一人歩きし、海を越えたところで櫻が語りあっていると思うと
嬉しい限りでございます。
これからも日本のこころとも思われる櫻の花を世界に発信し、
言葉を超える「こころの交流」が出来るのであれば最高に嬉しいことと思っています。
作品:「花が笑む」
● PROFILE
京都府出身。
1980年~
素描・友禅・金彩加工を始める。
工房勤務、呉服の絵柄創作を経て、
デザイン・色紙・掛け軸などの仕事も手がける。
2004年3月
京都嵐山にて個展開催。
以後、毎年3月嵐山にて個展。
開催日テレ系「素敵なふる里夢探訪」TV出演
(全国10局放映)
2005年3月
京都嵐山にて個展開催。
2005年11月
「心の中に咲くサクラ・ありがとうのカタチ」二人展
2006年3月
京都嵐山にて個展開催。
2006年
作品集「さくら」出版(三五館)
2006年3月
KBSラジオ「山崎弘士の人めぐり・音めぐり」生出演
2007年3月
京阪百貨店守口店にて個展開催。
2007年6月
ロサンゼルスサンタモニカ 『World xshibuya グループ展』参加。
2007年11月
神戸ファッション美術館「DREAM IN KOBE」参加。
2007年12月
ロサンゼルス アジア「アメリカ交響楽団」クリスマスチャリティバザー参加。
『わたしにとって、奥村京華氏は、尊敬すべき輝くひとつの太陽』
とよた下町おかみさん会 平成19年度副会長 杉谷真利予)
京華さんが、初めて小原の「四季櫻」を知ったきっかけは、
お酒の銘柄からだったそうです。

「お酒が飲めないのに『四季桜』というお酒に出会ったのも
何かご縁があったのかもしれません。画集「さくら」を出版するに至っての秘話の一つでもあります。
画集を出版したいと以前より願っていました私は、ある方の協力のもと念願叶って企画出版するまでに色んな出版社の方と出会いました。
その時に打ち合わせをしていた席で「四季桜」というお酒に出会いました。」
小原の四季櫻は、昔、お医者様が患者様の心を癒したくて春以外にも咲く桜があること知り、捜し求めて植えられた1本が、いつのまにか辺り一面、山中までにも咲き誇ることを知り、
感動されたそうです。
「実は私の中にずっと、櫻の絵を通して、絵画療法ができればとの想いがありました。」
と奥村氏。
お母様がくも膜下出血で倒れられ生死の境をさ迷われたときに、病院通いされる日々、
壁にかかった絵や窓から見える空や雲が彼女の気持ちを和らげてくれたそうです。
家族の心が元気であることは、患者さんの生命力にも必ず通じると感じたのだそうです。
昔からジャズを聴くことが好きだといわれる京華さんは、
子育てをしながら着物の絵を描いていた頃にラジオから流れるジャズを聞きながら、
夜更けに温かい珈琲を飲みながら、くつろいだそうです。
櫻の絵を発表されてからは、不思議とジャズ関係の方に出逢う機会が増えて、
2005年の11月の作品展では、櫻の絵の前でジャズライブをしながらワインパーティを
秋の夜長の大人の時間を楽もうとの企画としてされたりしたそうです。
豊田市の小原の四季櫻を一緒に見ながら、ロサンゼルスに一週間後に出かけるという話をされました。
「ジャズサックス奏者のお友達とともに ジャズピアニストのデビットベノワさんが
プロデュースされているクリスマスチャリティイベントに招いていただいたの」と。
今年の夏まで、海外に出たことがなかったという彼女が2007年の夏にロサンゼルスでグループ展に参加され、彼女の櫻は国境を越えて、人々のこころに力を与え始めました。
そのときのご縁で、ふたたびL.A.を訪れるという彼女は、とても自信に満ちてきらきらと輝いていました。
日本人が、なぜか櫻の花に魅了され、こころに静かな力をいただくように彼女の絵の世界も、そして、わたしにとっては、彼女自身もまた不思議な力で『ひとのこころ』を癒しているように感じます。
平塚雷鳥の『元始、女性は太陽だった。』という言葉のように、太陽が、すべてのひとに分け隔てなく、エネルギーをくれるように 、そして万物を育むように、女性がそれぞれに輝いて、わたしたちの住む世界を、知らず知らずのうちに良くすることできたら、戦争のない、こころの病気になるひとのない正直者が馬鹿をみない世にできたなら・・・・。
奥村京華氏は、尊敬すべき輝くひとつの太陽。
頑な旅人のコートを脱がすのは、北風ではなく太陽であったように
私もまた、居心地のいい今をつくる 輝けるひとつの太陽でありたいと思うのです。
さらに 奥村京華さんのことを知りたい方は、春田晶子氏とのWEB対談もご覧下さい。