第19話 喜多善

心和むひとときを

ひとりひとりのお客様におもてなしを・・・
日本の四季折々のお料理で、心和むひとときを




「「じゃ、姉さん、明日お座敷でね。」
「うん、お座敷で会おうね。気をつけて帰りんよ(=帰ってよ)」
これは、私が高校時代の頃、昭和50年少し前の会話です。駅前通り沿いに面した自室で勉強机に向かっていると、家の前の三叉路でお座敷を終えた芸子さんた ちが帰路に着くときに聞こえてきた様子です。今思えば何とも風情のあった下町の風景です。置屋さんも何軒もあり、幼少のころ、遊びに行ったこともありま す。そんな下町では、芸子さんのお道具、三味線をチュンアップするようなお店もありました。料亭等のお料理屋さんも今以上に何軒もありました。
今回は、こんな昔も知りつつ、現在も料理屋さんとして営業されている喜多善をご紹介します。おかみさん会も、会合を開催したこともあります。

創業は、昭和30年です。大正時代より続いた建物を、昭和30年に青柳という屋号で、料理旅館として出発されたそうです。その後、業態や屋号を変更されたそうです。

屋号はどのようにしてつけられたのですか?
「喜多善は、所在地の喜多町の喜多、善は、私の祖父が善六という名前だったので、その善の字を合わせて名づけたようです。」
と、女将さんの『さへこさん』が教えて下さいました。

お店のポリシーは何ですか?
「やはり、お客様を大切に、だね。お客様あっての商売だもんね。」
そうです、そうです!
お店を取り巻く環境(お客様、仕入業者、従業員、銀行、国・地方、地域住民等)の中で、お客様が唯一、私たちお店に提供する物やサービスに対価を支払う存在ですから。
さへこさんもこの私も、この町にずっと育っているので、古い町の話に花が咲きました。ご主人も話の輪に入られ、さらにヒートアップ。

昔と今と比較してどうですか?
ご主人「昔は、芸子さんが下町だけでも100人くらいいて、それは華やかだったね。料理組合の連中と芸子さんと一緒に日帰りで出かけたくらい、仲もよかったしね。」そう言えば、料理屋さんから、お座敷の姉さんが三味線を携えて、玄関に入る姿をよく見かけましたね。

 (ご主人に)料理人としてのご苦労は何ですか?
「旬の食材を使って調理するんだけど、旬のものを旬のときに出さずに、もう少し前に出すんだよ。仕入れが高いけどね。市場にないときは、仲買さんに頼んで 探してもらったりするよ。豊田になければ名古屋、なければ県外とね。お料理の単価は上がるけど、ずっと貫いてやってるよ。」

うわー、それって凄いですね。
旬の時季の少し前を狙って、お料理を出すということは、他のお料理屋よりも早めにお料理を出され、お客様の初物となるわけですね。この発想はお店の強みだと思いました。

(さらにご主人)
「メニューは、特に常連さんには気を遣うね。同じメニューをお出ししなように構成を工夫してるよ。同じ食材を使うにしても調理方法を変えたり、目先を変えて出してるよ。毎回、お客様のお名前、人数、メニューを記録に残してるよ。」

リピーター確保の裏技ですね。
細かな心配りが嬉しいですね。

お料理をお出しするのは、大変なことです。お料理と器のマッチングや味と、五感に響くおもてなしの提供ですね。視覚からくる芸術的要素と味覚で感じる心豊かになる要素、繊細なお仕事ですね。

さへこさん、お仕事について良い点とご苦労はなんですか?
「自営の仕事は、大変だけど、一日のうちで自分の空いた時間を有効活用できるのでその点は嬉しいです。以前は、長唄の三味線を習ってました。」
「苦労は、働く人がいないことです。昔は、住み込みで働く人がいて、良かったんだけどね。」

長唄の三味線の芸があるなんて、知らなかった!今度、ご披露してもらいましょう(^-^)/
人材の確保は、サービス関係はどこも苦戦を強いられていますね。でも、息子さんとお嫁さんもお手伝いされているようで、後継者もあり、羨ましい限りです。

これから、忘年会にかけてお忙しい時季を迎えます。11月20日からクリスマスまで、宴席のご予約があるようです。大広間から小部屋まで、お部屋もご利用人数に合わせてご用意されているようです。美味しいお料理に舌鼓されてはいかがでしょうか。

●喜多善  喜多町3-51  TEL.(0565)31-0017
営業時間:午前11時から午後10時 
◇第一、第三日曜日定休